アイソスタシーのブログ

初めまして。趣味で作詞・作曲をしており、アイソスタシーという名で重音テトオリジナル曲を投稿しております。よろしくお願いしますm(_ _)m

【重音テト】宗教からの卒業【UTAUオリジナル曲7曲目】{2}歌詞・テーマに関する話

7曲目のオリジナル曲です。

今回から、曲の音楽的なあれこれ、歌詞・テーマのあれこれを語ったり、歌詞の他にコード進行も載せる事にしました♪

このページでは、歌詞やテーマに関する話を載せます。

音楽的な話とコード進行は右のリンク先記事に載せました→{1}音楽的な話・コード進行

 

【目次】

 

(1)歌詞

「宗教からの卒業」 作詞・作編曲:アイソスタシー 公開日:2020年1月11日

思春期の 最後の反抗 激しい葛藤の末に

僕は卒業した

物心つく前から 素直に信じてきたんだ
祟りや地獄の話は とても怖かった
でも大きくなるにつれ どれもが大人の都合で
創られている気がして 嫌気さしてった

でももし実在すれば
信仰心を捨てたら僕は死んだ後
永遠の地獄に落ちる
その恐怖と不信の葛藤の中

親友(とも) 失恋(こい) 色んな出会いが僕に
色んな価値観を 見せてくれて
迷いの鎖は断ち切れた
怖かった 大喧嘩もした

怖いときに すがってきた 拠り所はもういない
本当に僕を 支えてくれて いるのは 家族だった
多くの現代人 は遅かれ早かれ 気づいているんだろう
地獄や天国も 神や仏も 人が編み出した想像物
遥か昔 病や災害 今よりずっと 未知なる恐怖


大喧嘩をした末に 似た思い抱いていた
家族がいる事を知って 凄くほっとした
僕だけじゃなかったんだ 全く気が付かなかった
どれだけ救われた事か 心強かった

仲直りし母は
代々続く信仰を続けてる
そうか僕が持っていたのは
信仰心じゃなかったんだな

似た悩みを抱いている人達
この世界にどれくらいいるんだろう?
時が来たら卒業する事は
恥じゃない 後ろめたい事じゃないさ

死んだ先が 無いと思うと 眠れないほど怖くなる
けど死に恐怖を感じない生き物は たちまち絶滅するだろう
自然に怖がればいい そう思うと 少し心が楽になった
死ぬ勇気が無い その弱さは 生きる強さの証

誰もがきっと 人に言えない 不安やコンプレックス 抱えている
不気味な症状 強い嫉妬心 止まらない欲望 内なる狂気 等々

ご加護でもご利益でもない 祟りや罰当りでもない
運なんて溜める事は出来ない 幸せは怖くなんかないさ

誰かがきっと 似た悩みを 抱えてる人 探している
誰かがきっと 似た悩みを 抱えてる人 探している
だから僕は 歌を綴る
Congratulations on your graduation!

 

(2)自分の“宗教からの卒業”の実体験談

  この曲は、僕が小さい頃から親に教えられ信じて来た宗教を、10代の終わりころに信じるのを辞めた=卒業した、という実体験を元にした曲です。その実体験についてちょっと詳しく語りたいと思います(少し長いですm(_ _)m)。(ちなみに怪しい新興宗教とかではないので大丈夫です;一応どの宗教か絞れてしまうのも良くないと思ったので、信仰対象はここでは神仏と曖昧に表現する事にします。)

 僕の母方の家系が代々とある宗教を信じていて、父も結婚後、そして僕と兄弟は物心つく前から宗教を教え込まれてきました。いわゆる宗教二世とか言われているやつですね;(僕の場合は何世か何十世でしょうけど;)それで、物心つく前から親に教え込まれてたら、流石に信じ込みます。信じない事なんて、それこそ赤ん坊が人語が嫌だから一切覚えないって駄々をこね続けるような難易度ですよ多分(笑) さらには「この宗教をやめたり他の宗教を信じたりしたら、死んだあと怖~い地獄に落ちるだよ。」と言われて凄く怖かった記憶があります。今から思うと完全に脅しというか洗脳ですよね;でも宗教って、種類・国問わずどこもそんなもんなんだろうなぁと思います。けど子供にとっては宗教は8割方恐怖なんですよね;残りの2割位、一人で怖い時苦しい時に神様仏様助けて下さいと願う位でした。だからそこにあるのは信仰心ではなく恐怖による疑似信仰だったんだと今なら思います。

 そんな感じで、高校生の終盤くらいまで行くんですけど、徐々に疑問や不信感を抱くようになっていきました。色々矛盾が多かったり、大人の都合に良いように出来ているような事が多く感じたんですよね。例えば、「辞めたらだめ」「他の宗教への鞍替えもだめ」「この宗教が一番まともで正しい」というのはその宗教に引き止めるための教えにしか思えない。なんで死後の世界は沢山の生き物で飽和しないのか?なんで人の都合で良く行き場所が別れたり、生まれ変わったりするなんて事になっているのか?「死んだら分かる」って言われたけど、生きてる人は誰一人として死んだ事が無いのに何故分かるのか?疑問をぶつければぶつけるほど、どんどん信じられなくなって行きました。

 だけど同時に激しい恐怖にも苛まれました。信仰心を捨てて、もし神仏や地獄が実在したら、本当に死んだ後に永遠の地獄に落ちて苦しむ事になるかもしれない。その恐怖から、信仰を捨てる事に踏み切れずにいました。今までのように信じてお祈りとか感謝も出来ていないような気がして、しかもそんな内心までもが神様仏様には全てお見通しだよと言われているような気がして、夜布団の中で必死に心の中で謝り続ける等、とても怖く苦しい葛藤の日々でした(>_<)

 そんな中でも一番嫌気がさして行ったのは、その価値観でした。例えば、

「良い出来事は神仏のご利益・ご先祖様のお陰様、悪い出来事は前世の報い」

これは凄く嫌でした(>_<) 前世の記憶なんか無いのになんでこんな嫌な報いを受けなきゃいけないのか? 良い出来事がご加護・御利益・お陰様なら、頑張った意味は?良い結果が出た事の喜びや感動は? なんかどれも大人に都合の良い教えのように感じました。そして、

「人は醜い。世の中はこれからどんどん悪くなってじきに滅ぶだろう。」

いわゆる末法思想的な感じですが、これが一番嫌だったかもしれません。だって僕ら子供はこれからの人生が長いのに、これからどんどん世の中が悪くなっていずれ滅びるなんて、そんなの信じたくなかったです(T^T) 大人なのを良い事に言いたい放題言いやがって!って思いましたね。丁度、初めて本気の片想いをしていた頃でもあり、その大好きな子の未来まで暗黒のように言われたら、、そこでもう募っていた不信や不満がプツンと来ました。まぁ最後に人を動かすのは何だかんだ恋なんですよね~

 そして歌詞にあるように、言い歳して泣きわめきながら大喧嘩をしました(ToT)   丁度みんなでその宗教の神社かお寺みたいな所に行った帰りで、祖父母もその場にいて「みんな素直に信じてる、○○は間違っている!」等と怒られ、「おかしいのはみんなの方だ、どうして勝手に信者って事にされてて、強制されなきゃいけないんだ!」と怒鳴り返して泣きじゃくり、車の外を歩く人にも聞こえて怪訝な顔をされるくらい大声を張り上げてました(^_^;)

 そうこうして祖父母の家に戻った後、一人で泣きべそかいている僕に父親が慰めに来てくれました。「俺がおかしいのかよ。。。みんな本当に全部信じてるもんなの?」。そう聞くと意外な答えが返ってきました。

「実はお父さんもほとんど信じてはいないんだよ。」

(え!?)

全身の力が抜けたというか、肩の荷が一気に下りるのを感じました。似た想いを抱いていた家族が他にもいた、その事がこんなにも心強い事なんて。ずっと一緒にいたのに全く気が付かなかった。そして、宗教がなぜ生まれたのか、宗教にはどういう役割があるのか、を色々と教えてくれました。とても理に適っており、学校では習わない、とても興味深い人類の歴史でした。

 そんな経緯で、その日を境に、僕は自分の中で宗教を卒業しました。

 それでもすぐに100%無いと信じ切れるようになったわけではないです。やっぱり最初はまだ怖さも少しありました。また、怖い時・苦しい時の神仏頼みが出来なくなったので、これまで逃避していた現実と向き合わなければならない場面もたまにありました。でも、はっきり言えるのは、宗教を卒業した後の方がその前より遥かに楽になったという事でした。僕にとっては宗教を信じる事による精神的な恩恵よりも負担と苦しみの方が遥かに大きかったのです。そして更に大人になるにつれて、科学・社会、色々な事を学び、経験し、今では神仏や死後の世界が存在する確率は、1分以内に隕石に当たって死ぬ確率よりも遥かに低いという確信を得るまでに至りました。

 

(3)曲作成の動機と投稿までの迷い

  このテーマで曲を創ろうと思った動機はいくつかありますが、一番は、

「似たような悩みを抱いている人、それで苦しんでいる人、そんな人に自分の実体験談を歌に乗せて不安解消と勇気を届けたい!」

そんな強い想いがあって創りました。上でも書いたんですが、似た想いを抱いている人がいるという事は、凄く凄く心強い事だったのです。この事は、中々人には打ち明ける事が出来ない悩みでした。(今でこそネットや悩み相談等も充実してますけど、当時の僕にはそこまでの知識もありませんでした。)そして、このようなテーマがダイレクトに描かれた曲を僕は知らないので、自分の苦い体験を歌にする事は、凄くモチベーションの高い事でした。今までで一番気持ちと時間を込めた曲だと思います。サビのメロディーも今手持ちにある最も良いと感じていた物を用いました。自分自身も、過去の苦い思い出を誰かの役立てる事が出来るかもしれない、という喜びも感じていたのだと思います。

 だけど、いざ曲が完成に近づくと(DAWに打ち込んで編曲を始める前の作曲段階)、本当にこの曲を公に出していいのだろうか?という心配も出て来ました。僕もこの曲も、宗教や宗教を信じている人を否定する事は一切していないのですが、それでも宗教を信じている人、広めている人に嫌な想いをさせてしまう曲かもしれない。宗教によって精神的に救われていた人を苦しめたり追い詰めたりする事に繋がる恐れだって0じゃないかもしれない。そんな不安が頭をよぎりました。この曲によって救われる人、苦しむ人、天秤に乗せたらどちらが重いのか?前者だとは思いたいですが、なまじ底辺ボカロPで視聴者が少ないだけに、統計的な偏りで後者に当たってしまう確率もある、、、などと考え出すときりがありませんでした。そこで出した結論は、タイトルをストレートな物にして、動画を開く前にそれと分かるようにして投稿する事、でした。それなら、嫌な想いを抱く人が聴く確率は減らせるし、逆にこういう曲を探していたという人が聴いてくれる確率を増やせる、という事で投稿を決意する事が出来ました。

 あとは、それに比べると相当低俗な悩みですが(^_^;)、やはり宗教は普段の人との会話にも出て来ないタブー的なテーマでもあり、多くの無関係の人達にとっては重いテーマに感じてしまって、あまり受けつけないかもしれない。この曲を出す事で、少しずつ増えてきてくれていた僕の曲を聴いてくれる人が離れていってしまうかもしれない。なんてちっぽけな悩みも抱きましたm(_ _)m でも、僕の曲を聴いてくれる方々はみんな同じく音楽を創っている人達です。だから、音楽の持つ表現の自由さも良く理解しているわけなので、多分いらぬ悩みなのだなと思います。それでも今まで曲を投稿する時より遥かに緊張しています(o_o;;)

 

(4)お気に入りの歌詞

  歌詞については、僕の曲は毎回ひねりの少ないストレートなメッセージばかりなので(笑)、特に解釈とか添える事も無いですが(ひねってても解釈は添えない方が良いとも言いますし)、一番気に入っている歌詞を1~2カ所挙げてみたいと思います♪(と言っても、この曲の歌詞は元が長くて削りに削って7分以内に抑えたので、ほとんど全部がどうしても言いたい事、好きな事ですf(^_^)

 一番のお気に入りは、実はラストのサビの、

 “ご加護でもご利益でもない 祟りや罰当りでもない
 運なんて溜める事は出来ない 幸せは怖くなんかないさ"

です。(7分近くもある曲の終わりの方に持ってくるなよ(笑)  まぁ最後まで聴いてくれた人へのプレゼントだと思いましょう;)(2)で書いたように、“良い事は神仏のご利益・ご先祖様のお陰様、悪い事は前世の報い・罰”、という教えが凄く嫌だったという事もあり、1行目の歌詞が思い浮かびました。良い事は何のご加護でもご利益でも無いし、悪い事は何の祟りや罰当りでも無いよ、という事を伝えたくて浮かんできた言葉です。だから良い事は自分の頑張りを褒めたり、本当に感謝すべき人に感謝すれば良いのだと思います。そして、祟りや罰当りの心配なんて全くしなくて良くて、それで苦しんだり不安になる事は本当に勿体ない事だと思います。

 2行目は、例えば「今年の運を使い切った」とか「良い事が続くと怖い」とか思う人が多々いて、僕自身も昔はかなりそういう思いが強かったのですが、そんな現象はこの世に存在しないから勿体ないよ!という思いを込めたくて浮かんだ歌詞です♪ “幸せは怖くなんかないさ”は、中々気に入っていますね♪ 幸せな時間は、ただただその幸せを噛みしめてたっぷり味わったら良いんです!この所幸せや幸運が続いてたって、その後の人生の運は他の人と同じ確率なんですから。

【問題】(精密な)コインを4回投げて4回とも表が出ました。この後さらに4回投げてその4回で裏が出る回数の期待値は何回でしょうか?(いきなり笑)

(a) 2回

(b) 3回

(c) 2.5回

(d) 4回

答えは、(a) 2回  ですね。これまでの結果に関わらず、次にコインの表裏が出る確率は常に1/2です。これは統計学の基礎ですが、人間の心情的に「4回連続で表が出たんだから、そろそろ裏が出る頃だ」と思いがちだったり、「この後、裏が少し多めに出て期待値に収束していくはずだ」という誤った理解が広まっているように感じる事があります。実際は、運は消費するもんでもないし、溜めておく事も出来ない。だから幸せ過ぎても怖い事なんて無いので、今その幸せな一時を心置きなく満喫して欲しいなと思います♪ 逆に不運が続いている人にとっては悲報に思えるかもしれませんが、サイコロでずっと1や2が出ている人も、この先は1~6まで満遍なく出る確率が最も高いのだから、今より遥かに良くなるにはなるので(5~6ばかり出る訳じゃないので、ちょっと期待外れかもですけど)、悲観する事は無いです!

 あと、メロ・リズムとの兼ね合いで地味に気に入っているのは、

“内なる狂気ぃ~~などなど~”↓

“ぃ~~などなど~”部分です♪ 明るい曲調とはいえ、真面目な感じの歌詞がずっと続いて疲れてしまうのを、上手く癒す緩衝材みたいな役割を果たしてくれてる気がして、上手くはまったかな?と思っています。テトさんの声で“などなど~”、なんか可愛いですよね♪

 

(5)似た悩みを抱えている人へ

  この曲とこの記事で、伝えたい事は概ね伝え、下手な蛇足は付けない方が良いと思うので、最小限にとどめたいとは思いますが、、7分弱の曲でも大分歌詞を削ったので(^_^;)、その辺りを中心に少しだけ補足できればと思います。

 まず、僕のケースはかなり恵まれてた方だと思います。父親は結婚するまで無宗教で、結婚して母親のために形式上信じていたため、僕の気持ちをすぐ察してフォローしてくれました。また宗教自体も別に悪質な新興宗教とか強引な勧誘や引き止め等も無い物でした。でも世の中には、似た境遇ながらもっと深刻な状況の人もいるのだと思います。僕のケースですら結構辛かったので、深刻な人達はもっと苦しんでいると思うと、ほんと心が痛みます(>_<) 月並みのアドバイスですけど、信頼できる相談相手・相談所に相談するのがまずは良いと思います。ネットで色々な意見探すのも良いです。ただし、特にネットだと相談しても中には意地悪な返事をする人も稀にいるので、そういう奴は無視しましょう;経験を活かしたアドバイスと言っても、ケースバイケースだから曲に書いた以上はあまり難しいですが、とにかくこの問題を抱えている事はとても苦しい事なので、恥に思う事も、自分を責める事もないです。むしろ辛い葛藤と戦ってる自分を誇りに思っていいです!この問題がまだあまり世間に認知されてない事も、苦しい原因の一つかなと思います。

 後は、参考になるかは分からないですけど、僕が父に教えてもらい、その後色々学んで知った宗教の歴史と意義についてちょっとだけ語ります。そもそも昔の人はなぜ宗教を作ったのか?その頃の人々にとって、最たる脅威は伝染病・災害・飢餓、どれも多くの人の命を奪う脅威。しかも、今のようにその原因は全く分からないのです。ウィルスも細菌も知らなければ気象や地震の仕組みも分からない。なんかの呪いか祟りかもしれないと思って、それこそ生贄を捧げたり、色々な物にすがって危機を乗り越えようとした、そんな時代に宗教は生まれたのです。なんだか分からない得体のしれないものによって死ぬかもしれない恐怖。想像を絶します。その恐怖から精神の安定を守るためにも、民衆の混乱を抑えて秩序を保つためにも、宗教はどうしても必要だったのだと思います。僕は宗教は全て作り物なのは確信していますが、宗教を否定したり、宗教を信じている人・信じていた人を否定する事はしないです。宗教は人類にとって必要だからこそ作り出された概念で、必要だからこそ何百年も何千年もずっと続いてきたのです。音楽とか芸術とかスポーツとかもそうですが、必要ない物が何百年も何千年も続くわけ無いですよね。宗教が人類の発展と繁栄に果たした貢献は偉大だと思います。

 そして、21世紀、宗教はその役目を終えつつあるのを感じます。科学や医療が進歩し、ネットで世界中が繋がっていく時代。得体の知れない恐怖に対する不安、精神安定の役割を、宗教の代わりにより合理的に担っていくようになってきていると感じています。皆、何かしら人に言えないようなコンプレックスや不安を抱えていて、似た悩みを抱えている人が他にいないかを探している。それをネット等が担うようになり、宗教はその役目を終えつつある。なので、僕は「卒業」と表現しました。必要としていたから頼ってきたけど、必要が無くなったら卒業する事は、ごく自然な事です。身近な例えで言えば、自転車の補助輪から卒業するとか、プールで浮き輪から卒業するとか、中二病から卒業するとか、、それらと同じことだと思います。なので、何とか卒業出来た人には、ほんと辛いのに良く頑張ったという敬意を込めて、歌詞の一番最後、“Congratulations on your graduation! = 卒業おめでとう!”、を届けたいと思います。

 

(6)宗教・信仰に関する誤解

 最後に、僕が宗教を卒業した後に経験した事から、巷で広まっている宗教・信仰に関する誤解について少し触れたいと思います。まず、

「海外の人と宗教の話をするのは絶対タブーである」

「海外の人と話す時に宗教を信じていないと言うのは恥ずかしい事である」

これはどちらも間違い・誤解だと思います。仕事柄、海外の人と話す機会が多かったのですが、まず、向こうから宗教の話をしてくる事がとても多いです!それこそ熱心な宗教信者から無宗教に至るまで、「あなたは何か宗教を信じている?(英語で)」とか普通に聞いてきます(笑)日本では考えられないですよね!なので日本より遥かにタブーではないです。そして、今は海外でも無宗教無神論者の人は沢山います。なので、無宗教無神論者である事を言うのは恥ずかしい、と言うのはかなり時代錯誤だと思います。熱心な信者の留学生と仲良くなって、神の存在を信じない理由についてズバズバ聞いて来るので、こっちも量子力学の確率論まで持ち出して白熱した議論をした(笑)、なんてこともありました♪ 普通に楽しかったですし、今でも大切な仲良しの友達の一人です。(日本人の友達の方が少ないかも;;)

 それに関連して、無宗教と言わないための対策としてネット上で、

「あなたも初詣に行ったり、お供え物をしたり、困った時の神頼みをしたり、、これは宗教(仏教とか神道等)を信じていると言っても過言じゃないし、神の存在を信じているのと同義です。なので仏教とか神道等を信仰していますと言いましょう。」

といったアドバイスを見かけたことがありますが、完全に過言です(笑)  これを鵜のみにすると完全に誤解されます!世界から見ればそんなのは全然宗教や神の存在を信じている事に入らないです。世界で宗教を信じていると言えば、「毎日お祈りを欠かさず、毎週教会等に通ったり、断食・食事制限をキッチリ守ったり、仕事中も人前で頻繁に神に祈ったり感謝したり、色々な公式な書類(例えば論文の謝辞とかに)にも“神に感謝します”と一番最初に書いたり、、」といったレベルです。なので、軽はずみに「仏教か神道等を信仰しています」なんて言うと、凄い熱心な宗教信者だと誤解されてしまいます(^_^;)

 

 以上、長々と綴ってしまいましたが、少しでも読んで下さった方、そして曲を聴いて下さった方、本当にどうもありがとうございますm(_ _)m 次に投稿予定の曲は、一風変わって軽~い感じの楽しげな曲ですが、また聴いて貰えるととても嬉しいです♪

 

{1}音楽的な話とコード進行

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[前曲(6曲目)の歌詞]

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